東京地方裁判所 昭和45年(ワ)290号 判決 1974年5月31日
原告
昭和建材株式会社
右代表者
馬場昭亘
右訴訟代理人
大庭登
外一名
被告
株式会社エンドー
右代表者
遠藤義夫
外四名
右被告五名訴訟代理人
木村恒
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告株式会社エンドー、同遠藤義夫、同遠藤ミヨ、同遠藤与四平および同中山藤一郎は原告に対し、それぞれ金一〇、九一三、〇二〇円およびこれに対する昭和四五年三月七日より支払い済みに至るまで、被告株式会社エンドーは年六分、その余の被告等は年五分の各割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告等の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告株式会社エンドー(以下単に「被告会社」という。)は、化粧板の製造、卸販売および家具の製造、販売を業とする会社であり、発行済株式のほとんどが、被告会社を除く他の被告四名とその親族により保有されているいわゆる同族会社である。
2 原告は、被告会社に対し、昭和四二年一〇月からプリント合板、トリオパネル等の販売を行い、後記被告会社倒産の時点では、この代金のうちいずれも弁済期の到来している一九、三三七、六四五円(そのうち約束手形金債権一九、二七一、三二五円)の売掛代金債権を有していたが、その後昭和四三年九月頃、この債権額は一〇、九一三、〇二〇円(そのうち約束手形金債権は一〇、八四六、七〇〇円)となつた。
3 被告遠藤義夫、同遠藤ミヨ、同遠藤与四平および同中山藤一郎は、後記のとおり被告会社の役員に就任していたが、その職務の執行に当り著しく忠実義務、善営注意義務を怠り、その結果、昭和四三年五月二〇日に被告会社を倒産するに至らせて前記売掛代金債権の取立てを事実上不可能にさせ、原告に対し、これと同額の損害を与えた。
4ないし7、<略>
8 被告会社の倒産は以上5ないし7の事由によるものであり、これは、被告会社を除く被告四名の取締役又は監査役として重大な過失によるものである。
9ないし12<略>
13 従つて右被告等は原告に対し、原告が被告会社の倒産により蒙つた前記損害につき、商法第二六六条の三ないし第二八〇条により連帯して賠償する義務がある。
14 よつて、原告は被告五名に対し、それぞれ一〇、九一三、〇二〇円およびこれに対する被告等に対する訴状送達の日の後の日である昭和四五年三月七日より支払い済みに至るまで、被告会社につき商事法定利率年六分、その余の被告等につき民法所定の年五分の各割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2中原告と被告会社間に原告主張のような取引があつたことおよび被告会社倒産の時点で弁済期の到来している売掛債権があつたことは認め、その余は否認する。被告会社の原告に対する債務は、倒産時点では一九、一三二、六四五円であり、その後昭和四三年五月二三日、被告会社の訴外加藤木工に対する売掛代金三六万円を原告に債権譲渡の形で代物弁済したので、五月二四日の時点での債務は一八、七七二、六四五円である。またこの債務については、原告が被告会社から振出を受けた約束手形を、訴外第一銀行雷門支店で割引いていたところ、同銀行は同年九月二〇日、これを被告会社の同支店に対する定期預金八、四二四、六二五円といわゆる同行相殺し、残債務は一〇、三四八、〇二〇円となつた。
3 同3中被告等が原告主張の役職にあつたことおよび被告会社が昭和四三年五月二〇日倒産したことは認め、その余は否認する。
被告遠藤義夫を除く被告三名は、非常勤であり被告会社の経営に直接関係はしていなかつた。
4ないし7<略>
8 同8は否認する。<以下略>
9 同9ないし13はすべて否認する。
三 被告等の抗弁
原告が、被告会社倒産後、被告会社に対して有していた債権は、昭和四三年九月二〇日、原告の免除によりすべて消滅した。即ち
1 被告会社では、倒産後の昭和四三年五月二二日、金融機関の担保権者を除く全債権者八〇名中七五名の出席した第一回の債権者の集会(以下これを「第一回債権者総会」という。)において、出席者の全員一致により、各債権者の債権の清算とそのための弁済資金の分配方法を決する為、原告を含む一七名の債権者を選出して、これを委員とする債権者委員会を発足させ、これに被告会社の債権債務の確定、資産の管理処分、被告会社代表者の提供した私財の調査、管理、処分、各債権者への清算額の算出とこれに対する弁済金の分配法案の提出、被告会社との交渉その他倒産後の被告会社と各債権者間の債権債務の整理に必要な一切の行為をなすことを委任した。
2 右債権者委員会は、被告会社の資産を調査し、在庫品を処分換価し、その結果、同年七月一日、第二回債権者総会を開催し、金融機関の担保権者を除く全債権者の過半数が出席し、その出席者(原告を含む)の全員一致で次のとおり債権者委員会の整理案をそのまま承諾した。(一)被告会社の資産ならびに代表者提供の私財を処分することにより総債権の57.4パーセントが回収可能であること。(二)この回収金の内から銀行等の金融機関の担保権者には、全額を弁済する。(三)その余の債権者には、各債権額の四二パーセントを次の方法により支払う。(1)昭和四三年七月二九日に一〇パーセント、(2)同年一二月一五日に一〇パーセント、(3)同四四年三月末日に八パーセント、(4)同四八年六月末日に四二パーセントの残額全部。(四)四二パーセントの支払いを受けた前記債権者は、その時点で残債権を免除すること。
3 一方、原告は、被告会社の倒産当時、被告会社振出しの約束手形八通(その手形金額の合計は一九、二七一、三二五円である。)の交付を受けており、これを原告の被告会社に対する債権として計算していたところ、昭和四三年六月二二、二三日頃、その内三通(その手形金額の合計は八、四二四、六二五円)が、原告より訴外浜田木材工業株式会社に裏書譲渡され、同社は、その後第一銀行静岡支店でこの割引をしていることが判明した。そして同銀行は、右約束手形金債権を、同銀行雷門支店に被告会社が有する定期預金とその利息との間で対等額によりいわゆる同行相殺することが予測された。
4 そこで、昭和四三年六月二四日の第五回債権者委員会においてこの同行相殺がなされた場合の処置につき検討したところ、原告は、この点については債権者委員会ないしは、それにより権限を委任された常任委員会の決定に従う旨の意向を示したため、同年七月八日の原告他四名の委員が出席した第一回常任委員会において、全員一致で同行相殺は、清算金についての配当とみなすことにし、同行相殺した金額が債権額の四二パーセントを超えてもそれ以上追求しない旨を決定した。
5 その後昭和四三年九月二〇日、前記第一銀行が、前記のとおり約束手形金債権八、四二四、六二五円(これは、原告の全債権の四二パーセント以上である。)と被告会社の定期預金とを同行相殺した。
6 よつて右同行相殺のなされた時点で、原告は、被告会社に対する残債権をすべて免除したものである。
四 被告の抗弁に対する否認
すべて否認する。但し、第一回常任委員会なるものが被告等主張の日に開かれたことは認める。そもそも被告等のいう債権者総会、債権者委員会および常任委員会での取決め事項は、たとえこれが全会一致でなされたとしても、各債権者を拘束する効力を生じる何らの法的根拠がなく、単なる申し合せ程度の意味を持つにすぎない。何故なら、債権者総会と称しても、それは、任意かつ便宜上の集団であつて、破産法、会社更生法等に準拠した全債権者の集会でもなく、その存在、開催手続およびその権限等につき何ら法律上の根拠のない集会であるからである。また右総会での取決めにより発足した債権者委員会ないし常任委員会も、その存在自体法律に根拠を有しない内容の曖昧なものであり、その開催手続および構成員の資格や権限についても同様何らの取り決めもなく、これまた法的根拠のないものである。従つて前記各集会の取決めについては、何ら法的拘束力がないのであるから、被告等の主張する債権の免除がなされたか否かは、各債権者が(前記二つの委員会の構成員を受任者ないしは代理人とする等して)個別的に被告会社との間で債権の免除をしたか否かによつてのみ決せられるべきものであり、原告はこのような免除の意思を表示していない。
第三 証拠<略>
理由
一請求原因1は当事者間に争いがない。
二請求原因2中、原告が被告会社に対し、プリント合板、トリオパネル等の販売を行い、被告会社の倒産の時点で弁済期の到来している売掛債権を有していたことおよびその額が少くとも昭和四三年九月頃に一、〇〇〇万円以上であつたことは、いずれも当事者間に争いがない。
三被告等は、その抗弁で、原告が被告会社の倒産後被告会社に対して有していた債権は、昭和四三年九月二〇日、原告の免除により消滅したと主張するので、この点につき判断する。
1 抗弁の1については、<証拠略>被告主張の事実をすべて認めることができる。(但し、第一回債権者総会で債権者委員に選出されたのは一七名ではなく一八名である。)。
2 抗弁の2については、<証拠>によれば、被告主張の事実をすべて認めることができ(る)。<証拠判断省略>
3 抗弁の3については、<証拠>によれば被告主張の事実を認めることができる。
4 抗弁の4および5中第一回常任委員会が昭和四三年七月八日に開かれたことは当事者間に争いがない。<証拠>および弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
昭和四三年六月二四日に開催された第五回の債権者委員会の席上で、原告の債権の基礎となつた被告会社振出の約束手形の中の三通が被告会社の定期預金との間で第一銀行により同行相殺された場合の処置につき検討されたが、その際、これを当初の債権についての清算金の配当の先取りとみなす案と、同行相殺された残債権につき改めて一定の割合の清算を行う案とが提出された。そこでは、決を採つたところ、前者を支持する者が多数を占め、原告も特にこれに積極的な反対を唱えず、「問題の手形が原告から訴外浜田木材に裏書譲渡されているためよくわからないが、他の委員が前者の案に賛成するのならそれで仕方がない。」旨の意見を述べたに止まつた。その後同年七月八日、第一回の常任委員会が原告他七名の出席の下に開かれ、その席上、再度前記同行相殺の処置につき話し合いが行われ、前記債権委員会での結論が確認され、その他同行相殺の結果、その相殺金額が債権額の四二パーセントを超えても払い戻しの請求をしないことが決定されたが、その際も原告は、これに対し異議を述べる等の特段の発言のないままに終始した。その後同年九月二〇日に至り、前記第一銀行が前記約束手形三通額面合計金八、四二四、六二五円につき被告会社の定期預金との間で同行相殺を行つたが、これは原告の被告会社に対する倒産当時の全債権(これを原告主張の一九、三三七、六四五円を基礎に計算しても)の四二パーセントを超える額である。原告は、その後、同年七月一五日に行われた常任委員会と九月二一日に行われた第七回債権者委員会に出席し、従前どおり債権者委員として被告会社の整理に協力していたが、右第七回の債権者委員会で前記同行相殺が現実に実行されたことが報告された後は、債権者委員会に出席しなくなつた。
<証拠判断省略>
右判示事実によれば、結局原告は、同年六月二四日の第五回債権者委員会において、同行相殺を当初の債権についての清算金の配当の先取りとみなすという案に賛成する出席委員の多数意見に同調し、これに同意したものと認めるのが相当である。
5 なお、本件での債権者総会、債権者委員会ないし常任委員会は、原告主張のとおり、法律によりその存在、権限等が規定されている集会ではなく、債権者等の任意の意思により成立したものであり、そのうえに本件では招集手続、定足数、権限の内容ならびに議決要件等につき明確な取り決めがなされた等の証拠がないため、右集会は、全債権者が出席し、全員一致により決定された事項でない限り、その決定は、当然には全債権者を法的に拘束する効力を有するものでないと解すべきである。
しかしながら、前記各集会は、被告会社に対する債権債務関係の整理を目的として開催されたものであつて、そこに出席し協議をした債権者も、右整理を意図しているものであり、加えて、被告遠藤義夫本人尋問の結果によれば、被告遠藤義夫は、被告会社の代表者として前記集会のすべてに出席し、そこでの決定にはすべて無条件で従う意思を表示しており、また前記判示のとおり、第一回の債権者総会は金融機関の担保権者を除くほとんどの債権者が、第二回総会はその過半数がそれぞれ出席し、そのいずれもが前記判示の事項を全員一致で議決しており、更に前掲各証拠によれば、債権者委員会や常任委員会においても、その席上での決定については、一人の例外を除き、討議の過程ではいくらかの意見の不一致はあつても、結局は、債権の整理を私的手続の限度でできる限り画一的かつ公平に行う為に出席した全委員がそれを承諾し、相協力して統一的な行動をとつて来ている等の状況にあつたのであり、その結果として決定された整理案の内容も有担保債権者である金融機関を別として、おおむね公平な清算を確実に実施できるよう配慮されているのであるから、このような場合、右各集会でなされた決定は、少なくもその集会に出席し、その決定に同意をした個々の債権者に対しては、それを拘束する効力を有するものと解しなければならない。そして右拘束力は、それが会社の私的整理を目的とするものであることに照らし、事後に右決定の内容を会社との合意により解消し又は変更する債権者が多く現われることにより、会社の整理における画一公平の趣旨が維持できなくなる等の特段の事情が発生しない限り、その効力が持続するものと解すべきである。そして、本件における各集会の決定は、それに同意した債権者を拘束することにより、被告会社とその債権者との個別的な私法上の一種の和解契約の成立としての性質を有するものと解することができる。
6 従つて、原告が、債権の清算として四二パーセントの配当を行い、その余を免除する旨の決定と、同行相殺を従前の債権の清算金の配当の先取りとみなす決定にいずも同意していることは、前記判示のとおりであり、前示特段の事情の発生につき主張立証のない本件においては、原告の被告会社に対する債権は、前記のとおり昭和四三年九月二〇日に同行相殺が行われ、四二パーセント以上の配当がなされたことになつた時点で、被告会社に対し免除されたものと認めるべきであり、被告等の抗弁は理由がある。
四よつて原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (井口牧郎)